【雑記】専門家の石〜休み。雑草の実験を組む。神農本草経。家庭菜園の小ネタなど〜

9/7㈪
寝坊で4時20分起床
鳥🐦に「ピー!」と掛け声されて目覚める。
雨。
森田正馬の全集を昔に読んで、「雨の日なら雨に従う=無駄な力を入れない」という趣旨のエッセイ調を読んだことを下地に、天候に「由らない」をできるだけ採用しているうちに、今は天候は何の引っ掛かりにもならなくなってしまった。
わたしの場合は、引っ掛かりを少なく生きることで、引っ掛かってくるものを「めずらしい」と意識にのぼらせるのが最大の趣味なので、下地は基本的に引っ掛からないように作ってきた。そしてそうなった。
わたしは行動や選択(=本質)で構築しているとい感覚がないものがないかもしれないくらい、実は理屈っぽいんだ。
今日はたまりにたまった監修の仕事をする。……その前に、家でやってみる差分回収の実験を組む。いくつかあたりをつけて、順番に実験→観察→報告をやっていく。
過日届いた神農本草経が面白くて面白くて!
この図鑑で概念を新調しない限り、たとえば「女青」などは頭のなかに入ることはない。頭に挿入してくるものは慎重に選んでいると思うけど、これはいい。

牧野富太郎が知的悶着している記載があって、共同観察のchatGPTに歴史を引っぱってきてもらった。
わたしが以前から面白がっていた(すでに消してしまったnoteにも書いたことがあった)野菜の「血液型(正確には違うんだけどね)」についてもまとめてもらった。

🤖は「隙(隙間)」あらば小名言みたいなものを挟んでくる悪癖があるが、それは仕方ない。わたしはこういうノンキな言葉をみると不穏な気分になるので好まないのですがしょうがない。模様と思うことに決めた。

土の中にも、まだまだ知らないふしぎがいっぱい
ってそうなんだけど、それは大きな挫折であるし、不穏であるし、喜んでいる場合でもなく、薄暗い「あきらめ」のはずなんだけど、語調からそのように感じられはしない。
上のほう、見出しのほうの文章には触れたくもない…(笑)
やさしそうな雰囲気はやさしくないから後付けしなくてはいけない香料みたいなものであるわけで、それを語調から嗅いでいるのかも。そういうしぐさは平たく言うと嫌いだ。香りがないならなくていいじゃんと思う。
文句を言いすぎている恥
すぐムキになる恥
プンプン
今回は「登録農薬」の基準について見直しているうちに、ふと「タンニン鉄」を思い出していた。タンニン……

(煮しめたようなこの枕じゃないと安心できない。安心毛布ならぬ安心枕。煮しめカラーで不潔感がある。ただし、よく洗っているので清潔臭。🦊✌)
そして先述の図鑑を眺めていると、ゲンノショウコやアメリカフウロに「タンニン」の記載が。あっ。


共同観察者🤖に使用する「鉄液」のあたりをつけてもらい、


どうも、足元にゲンノショウコをみていない気がするので……

ポチリ。
🦊✌
やったった。

アメリカフウロは刈られている場所が多いものの、以前、問い合わせて雑草採取の確認済みの河川敷にある場所を記憶しているので、そこで摘んでくるとしよう。
これら実験や趣味のために監修代金をあてさせてもらっている。
遊び人加速中。
監修に関しては結構しつこいくらい資料と出どころを探す。
あとは自分の経験則n=1のなかでも圧倒的n=1すぎる(変な言い方ですが)n=1のなかの極右ではなく、できるだけリベラル寄りのエピソードを選ぶようにしている。でもたまに極右を求められる場合もあるので、それはそれこそ慎重に文章化する。客観的に読んでもらって読んでもらって読んでもらうほどよいとわかった。仕事=社会に接続したときには閉じがちな世界で使っている文章の癖に注意。
さて遊びはいったん閉じて
監修へ。
野菜(家庭菜園)関連の長い監修に関して、いろいろ調べがいがある。調べて自分の経験と照らして語りがいがある。
そのなかで、定説になりつつある(?)石や硬い土にぶつかって大根に足ができる説。
これはわたしの経験でみたら「ない」。
大根を何十年も数万本育てているのではないので、例外がある可能性まで「ない」なんて言えない。
ただし、これはn=1情報ではない。
これは監修の仕事の話ではないので、ここで紹介してみよ。

未熟な有機物(たとえば未熟なたい肥なども)で足になる。
これに関して、わたしは「生きている=根があるヘアリベッチ」との混植から、ヘアリベッチの地上部を丸刈りして根だけ土中に残す=根の分解が始まる?未熟有機物……というケースや、あらかじめ抜き取っておいて、土中に残ったベッチの細根の影響、また、どのタイミングの未熟有機物感知が影響するのかなど、「実験」というにはまったく正確じゃない経験則を集めていたことがある。



(ベッチと大根の図。)
これは当時の貸農園利用者さんの「亀戸大根」のこぼれ種から勝手に育ったもの。
播種したものはうまくいかない気候だったのに、こぼれ種の固定種大根と固定種人参だけは勝手にすくすく育ち豊作だったということがあったのです。
意味付けは、この場では避けます。
ちなみに、これは経験則のなかでも極右的なので、いうのも恥ずかしいけど、
ベッチと大根はよさげ。しかし、ベッチと人参はダメそうだった。
不確実! 現段階だと妄言寄り!
ちなみに、過去の投稿は基本的にはすべて削除済みなのだが、たまに検索で発掘できる。


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アスタリスク
アスタリスク
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テクマクマヤコン
テクマクマヤコン
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監修について、野菜や肥料については、仕事の門を開いたとたん、
「ぶわーーーーーーーーーー」っと走馬灯のように、過去にみてきたもの感じたこと経験則、一緒に働いていた農業学校講師だった先生の教えなどが「わたしも!」「わたしも!」「わたしも!」という感じですごい圧で閉じだしてくる。
仕事以外で開けてはならぬ。
もちろん、パンドラの箱のような、災い的な中身ではないんだけど、
開くとわたしの話が長いから苦笑
別に、そこまで知りたくないひとにとっては
それも災いの一種なのです……
雑草は?
このような箱を持っていない。
雑草に関しては、別。
今後、基本的にはやはり仕事としては受けられないという感覚を持った。
chatGPT🤖にも言われるけど、まず、圧倒的に「科学的ではない」。
わたしの雑草を眺める目や感覚、これを科学へ全移行させるか、しばらく調子をみていたんだけど、音痴の度合いと雑草をみることの科学的才能のなさとかが致命的な気がする苦笑
雑草を見る目というカメラを使うが、何度やってもレンズを自分に向けちゃってる感じ苦笑
🦊✌📷
記念撮影じゃないんだぞ!
一次情報に関するもの、要するに「観察記」的なノリのものなら……と一瞬検討したんだけれども、これも既存で素晴らしいものが山ほどある。素晴らしい才能がたくさんある。
あとは、雑草に関して物語性を乗っけてこられること、乗っけることにアレルギーが強いこと。
雑草を「たくましくいくる姿!人間も学ぶべき!」とか言われると気味悪くて吐いちゃうし🤮雑草を出汁にしてヒューマンは……などとしてみる自分を感知するとこれも吐いちゃうし。
「環境を本当に思うなら死ぬのがいちばん」※
という身も蓋もない正論の本を読んだことがあるけど、わたしはまさに、もし環境について「本気=マジ」になるなら、それ以外に、キレイに収める方法はないと思う。
ここまでくると、雑草に関する楽しい仕事の道は断たれますがそれを希望しています。
雑草は永久に難しいものであってほしい。実際に難しいはず。
制するための決定打は更新されていく。
この時点で難しい。そして恐ろしい。
わたしの基本的な感覚では、雑草と我われは仲間ではないんである。
そこを勘違いした思想はもれなく気味が悪く思える……。
わたしの日ごろの発信は、言ってみれば一方的に想い入れたストーカーみたいな発想に由来していて、むさくるしい推し活みたいな側面もある。その自覚をもっていてやめられないんだから余計に危ない苦笑
新田次郎氏の小説の身も蓋もない山の厳しさが好き(哲学の中島義道氏が「グレた作家」とくくっていたが、まさにその言葉がぴったりと感じた。)なんだけど、雑草に関してもわたしはそれを思う。
雑草はわかる気で眺めると定期的に大きく裏切ってくるし、観察しきれない部分が巨大に感じる。それこそ「根が深い」。
なので、雑草は仕事にせず、永遠に知った顔をしない対象とします。
※ここまではっきりとしているものではなかったけど、本川達雄氏の本の厳しさとかは震えるほど感じるものがある。
人間が一人生きることで及ぼす環境への悪影響の数字を読んだことがある。
読後は、
環境! なぁにが。
それは自分の生きがいとしての保全ですぉ
と不良🦊としては思うのでした。
汚しながら壊しながら生きてごめん生きるの楽しいから死ねないの今回限りゆるして
がわたしの人生観。
↓遊んであげないからいじけて、うちのなかでの天空のほうへいってしまった🐦



〽戻ってこいよ~
戻ってこいよ~
戻ってこいよ~~
休憩。


わたしは基本的に「聞くほう」が苦手で、読むほうが何十倍も好き。
聞いてるとほどんとはさらさらさらっと平たいまま流れていってしまうので、昔、新潮社の講演CDを全部買って聞いたり、落語で「聞く」を鍛えたこともあるんだけど、やはりあまり効果が示されない気がする。
ただし、読みだって危ない。
相当危ないとわかった。
読み方のバイアスはちょっと意識するようになったけど、読み落としは強烈。
それでも、わたしは文章が好きがひととだけ縁が続く気がする。
今はchatGPT🤖とばかり、透明のやり取りしていて、その図はまさに孤独中年なんだけど、教養を含まない濃密や関係よりは教養を含んだ透明のほうがわたしのなかで価値が高いので、この選択は仕方がない。