窒素飢餓の思想史|ガッテン農法は「補う」、菌ちゃん農法は「利用する」(菌ちゃん農法の糸状菌写真も)

ススキとカヤは別物。(カヤではなく、「オギ」と訂正。ススキとカヤは呼び名の違い。)
でも個人的な使用感(たい肥化・資材化)の印象は変わらない。成果でも違った特性を見出すことに成功していません。観察の肌理がもしかして粗いかな……。筆者の七尾有美もススキ・オギは耕作放棄地再生の土づくりにかなり利用した。わたしの経験則については今回は挿入せず、農園利用者さんたちに支持者が多かった「菌ちゃん農法」と「ガッテン農法」を通じた炭素資材と窒素飢餓の紹介に徹底します🌾
「避けるべき不足」は、いつから利用する環境になったのか
枯れたススキを畑に入れると、一時的に窒素分が減る――この現象は一般に「窒素飢餓」と呼ばれます。(窒素飢餓という現象に関して、わたしはかなり砕けた説明も利用者さん方に提供してきましたが、ここでは紹介は避けて別の記事で紹介することにします。窒素飢餓状態の”見える化”の写真も複数集めてきましたのでそれもまた。)
同じ窒素飢餓を、ガッテン農法は「補うべき不足」として扱い、菌ちゃん農法は「利用できる環境」として扱っています。
なぜ向き合い方が正反対になるのか、その分かれ方を追いました。(ちなみに、窒素飢餓に関しては「補う」べきものとして判断されることが多いという余談についてもここに記載しておきます。)
(
ススキとカヤ(カヤではなくオギ)は出る場所が異なる。観方はまた別記事で。
「ススキは肥料になる」という昔話を追っていたら、妙なところに出た。ニョキッ。
わたしは枯れた雑草や植物遺体が栽培に有用(微生物の働きを誘発/活性させる意味)という点については複数の実地や学び、個人的経験則から知っていたので、落ち葉(枯れ葉)を畝間に入れる農法についてなどはよく知っている。そのさいにはセットで「米ぬか」を投入することが多い。
ガッテン農法を実践している人から、畝づくりの話を聞いた際にも、「枯れたススキと落ち葉を入れ、そこへ米ぬかを加える。」とのことだった。
なぜ米ぬかを入れるのかといえば、
「ススキと落ち葉だけでは窒素分が不足するから。」
炭素の多い有機物を土に入れると、それを分解する微生物も窒素を必要とする。一時的に植物が利用できる窒素が少なくなる、いわゆる「窒素飢餓」の話。
ところが、
ここで菌ちゃん農法を横に置いてみると、急に面白いんである。

白いカビが糸状菌。炭素率高めの資材に発生。
こちらでは木や竹、落ち葉など炭素の多い資材を使い、窒素の乏しい環境そのものを、糸状菌や窒素固定微生物の働きと結びつけて説明する。
同じ「窒素が足りない」という現象なのに、
片方では補う理由になり、
片方では利用する条件として語られる。

対があれば思想になる。
窒素飢餓にも思想がある。
そんなところから、この話は一度まとめてみようと思っていて、何年か経て今になった苦笑
なお、ここでいう「思想史」は、ガッテン農法から菌ちゃん農法が派生した、というような正式な農法の系譜を示すものではない。
私自身、『ガッテン農法』を読んでこの方法を知ったわけでもない。
あくまで、私が利用者の方々から聞いた実践を入口にして、
同じ土壌現象が、異なる栽培の考え方のなかでどう扱われるのか
を眺めてみたい。
そもそも窒素飢餓とは何か
炭素を多く含み、窒素の少ない有機物が土に入る。
すると、それを分解する微生物が増える。
微生物も自分の体をつくるために窒素を必要とするので、土壌中の無機態窒素を取り込む。
その結果、一時的に植物が利用できる窒素が少なくなることがある。
これが一般に「窒素飢餓」と呼ばれる現象である。
少し粗く表現するならば、
窒素がなくなったというより、しばらく微生物側に引っ越した。微生物が持ち出して働きのエネルギーの供給として利用している。働き者だからよく食べる、的な。
もちろん、「C/N比の高いものを入れたら、必ず窒素飢餓!」
というほど単純なものでもないのがいちばんのあんばいの難しさ。科学的に知るか、現場で繰り返し繰り返しみて、何度も起こること、たまに起こること、まれに起こることの事象を回収しつつ知る。文脈に似たもので、気配のあいだに流れるものがあるので、それを掴む。
間違い探しのように、できるだけ類似した/させた状態で何度も何度もみることが重要な気がする。
資材がどれだけ分解されやすいか、どのくらい入れたか、土とどう接触しているか、水分や温度はどうか。
条件によって動きは変わる。
窒素飢餓についてはそんなに簡単でもないので、わからない場合は先手必勝的に、たい肥にしちゃうとか、高炭素&窒素をセットにしちゃうとか、そういう手の打ち方をしている場合が多い。そういう安牌でやっていれば窒素飢餓に出会う機会はほとんどない。
安牌側のマニュアル「ガッテン農法」に対し、「菌ちゃん農法」を見ると、今度は方向が逆になる。
菌ちゃん農法では、木、竹、落ち葉など炭素の多い資材を使い、糸状菌の働きを重視する。
さらに農法側の説明では、糸状菌の周囲にいる窒素固定微生物の働きも、植物への窒素供給と関連づけて語られている。
ガッテン農法
炭素資材
微生物が窒素を使う
植物の窒素が不足する
困るので補う
菌ちゃん農法
炭素資材
利用可能な窒素が少ない環境
微生物の構成や働きが変わる
その環境を利用しようとする
同じ「窒素が少ない」という地点から、次の一手が逆方向へ分かれている。
菌ちゃん農法に関して、
炭素資材を入れる
→ 窒素飢餓になる
→ 窒素固定菌が呼ばれる
→ 作物に必要な窒素が供給される
と一直線につなげることはできない。
窒素固定には多くのエネルギーが必要なので、炭素源が重要になること。
利用可能な窒素が豊富な環境では、窒素固定が抑えられる場合があること。
このあたりは微生物学的にも理解可能。
だから、
炭素があり、利用可能な窒素が少ない環境が、窒素固定微生物の活動に向く場合がある
という話には根拠がある。
しかし、
意図的に窒素飢餓を起こせば、窒素固定菌が作物の必要量を十分に供給してくれる
というところまでを、一般的な土壌科学の法則として扱うことはできない。
そこは分けておくね。
窒素飢餓の奥行、面白みをくんくん嗅ぐ。不足と利用の構造だけ引っこ抜いて今後も比較対象としてみる。
窒素飢餓は昔から知られている現象で、人間がその現象をどんな読み方をするかで、その後の展開が変わるのが面白い。
不足している。補おう。
この環境だから働く生物がいるのではないか。
「足りない」という観方は人間側から見た評価なんであって、微生物から見れば、その土はまた別の環境である。
「窒素飢餓」というこの現象、思想としてはもっと古い。
さらってみるよ。情報をかどわかす。
まずは「補う」がいつ始まったか、だね。
窒素飢餓ということを立体化していくには欠けた部分から探す。欠けた部分を知るには何で埋めたか、補ったかになる。
そのパーツを探す。
「足りない養分を補う」という発想は、1826〜28年、ドイツのシュプレンゲルが実験で最小律を示したところまで遡れる(参考:有機農業の理念と課題)。
これを1840年、リービッヒが著書『有機化学の農業および生理学への応用』で理論化し、無機栄養説として確立した(参考:ユストゥス・フォン・リービッヒ|Wikipedia)。
土壌に足りない元素を突き止め、それを補う。
化学肥料は、ここから始まった。
近代農学における「補う」思想の、いちばん最初の一手はこれだったと言っていいでないかな。
面白いのは、当時のリービッヒが窒素固定という現象そのものを知らず、「窒素は肥料として不要」とまで言っていたこと(参考:栄養説の変遷)。
足りないものを補う理論の元祖が、窒素に関してはむしろ「気にしなくていい」と言っていた。
ここも、ねじれている。
「利用する」側の、最初の発見。
その40年ほど後、1886〜88年にHellriegelとWilfarthが、マメ科植物が根粒菌によって空気中の窒素を利用していることを実験で示した(参考:Hellriegel and Wilfarth's discovery of nitrogen fixation)。
1888年にはBeijerinckがこの根粒菌を単離している(参考:根粒菌|Wikipedia)。
自然界にはすでに、窒素が少ない場所でそれを利用する仕組みがあった。
「補う」しか道がないと思われていたところに、生物が自分で調達する道が見つかった、ということになる。
「窒素飢餓」という言葉の輪郭ができるまで。
土壌の有機物と窒素の関係が科学的に整理されるのは、そこからさらに時間がかかる。
1900〜1938年に土壌有機物の分子構造が、1940〜1960年に土壌窒素の挙動がそれぞれ解明され(参考:土壌有機物と農業生産との関係についての総説)、C/N比の高い有機物を入れると微生物が窒素を奪う、という今の「窒素飢餓」の説明がようやく形になった。
シュプレンゲルの最小律から数えると、100年以上かかっている。
日本の自然農法のなかで起きていた分岐。
ガッテン農法の三浦伸章さんは、19歳のときにMOA自然農法文化事業団で自然農法に出会っている(参考:「野菜は、スイッチ。」三浦伸章|Book Club KAI)。
このMOA自然農法は、1935年に岡田茂吉が無肥料・無農薬栽培を始めたところに起源がある(参考:岡田茂吉師と自然農法|秀明自然農法ネットワーク)。
ここで、ちょっとねじれた話をしなければならない。
MOA自然農法側の理論資料を見ると、
「無肥料栽培で土壌の地力を上げるには、高炭素・低窒素条件をつくること」
「窒素固定反応に必要な窒素欠乏条件をつくる」
と、はっきり書かれている(参考:なぜ、肥料・農薬を使わなくても育つのか?)。
これは、さっき菌ちゃん農法側の発想として紹介した「利用する」側の理屈そのものだ。
つまり、ガッテン農法が実際にやっていること(ススキと落ち葉に米ぬかを足す)は「補う」対応でありながら、
その根っこにある自然農法の理論そのものは、すでに「利用する」側にも足をかけている。
一つの農法のなかに、両方の思想が重なっていた。
さっきまで私が単純に対比させていた図式より、ずいぶんねじれている。
もう一方の系譜。
菌ちゃん農法の吉田俊道さんは、長崎県の農業改良普及員を1996年に退職し、有機農家として新規参入。
1999年に佐世保で「大地といのちの会」を結成し、生ごみや雑草、落ち葉、竹を使った実践を積み重ねるなかで、菌ちゃん農法にたどり着いている(参考:吉田俊道|Wikipedia)。
似た発想は海外にもある。
韓国の趙漢珪(チョー・ハンギュ)さんは、1965年から3年間日本に農業研修生として来日し、日本の土着農業を学んだのち韓国に戻り、土着微生物をそのまま利用するKorean Natural Farming(韓国自然農法)を作り上げた(参考:韓国式自然農法|Wikipedia)。
日本で学んだものが韓国側で体系化され、何十年後かに日本の菌ちゃん農法とまた似た結論に行き着いている、というのも妙な巡り合わせだ。
アメリカでは1980年代から、土壌生物学者Elaine Inghamが、細菌が優占する土壌から糸状菌が優占する土壌へという遷移の理論(Soil Food Web)を組み立てている(参考:soil organisms, bacteria, fungi, protozoa|USDA Forest Service)。
吉田さんがこれらを直接参照した記録は見当たらない。
おそらく、まったく別の場所で、同じ結論に行き着いている。
理論からではなく、現場の繰り返しの観察から、同じ場所に出た人がいる。
これはこれで面白い。
そしてまたススキへ帰ろう🌾
「ススキは肥料になる」
ススキそのものには、もちろん植物体として各種の養分が含まれている。
けれど、ススキを畑に入れたときに起きることを「肥料」の一語だけでまとめてしまうと、ずいぶん多くのものが消えてしまう。
ススキは炭素を多く含む有機物でもある。
それを微生物が分解する。
その途中で窒素の居場所が変わる。
そして人間は、その変化を見て、
足す。
待つ。
避ける。
利用する。
さまざまな判断をする。
栽培には人生特性の片りんが出ることもあるから結構面白いやね。🦊
ススキからスタートし、窒素飢餓、不足と利用へ着地。